しかし、この時期は決して台湾映画にとっては良い節目ではなかった。
C-popのような盛り上がりにはならなかった環境がある。
これは映画が撮り終えた「後日談」的なものではある。
しかし、この映画が撮られた「タイミング」としては非常に重要なものだ。
同じく台南。中影系の映画館「真善美戯院」が2024年8月に閉館し、台湾での映画文化・産業の衰退を図らずとも迎えてしまっていた。「真善美戯院」はデジタル上映施設も充実した新しい映画館であるにもかかわらず、だ。
今関監督のカメラはそんな時期の台南を映している。こうした台湾映画界隈の「明」「暗」が混在するタイミングの時期だからこそ、フィルムに残す意義があるのだろう。それは、顔氏が看板を描いている、旧い「全美戯院」の映画経営者が画面に登場し語った決意にもつながるものがある。
時期を同じくして、2024年、顔氏は台北電影節で卓越貢献賞を受賞した。
このタイミングも、この映画の意義を高めるものにしただろう。
図ったもの、図らなかったもの、双方のタイミングが、この映画には重なっている。
(2024年、台北電影節の卓越貢献賞を受賞した際の記念動画)
約60分のドキュメンタリーを、台湾人ではなく日本人の映画監督が撮影したことに、人々はどんな評価をするのだろう。個人的には、願わくば、金馬奨ドキュメンタリー部門で、今関監督や制作に携わった先輩S氏が喜ぶ姿を見たいのだが。
そんなタイミングを、この映画は用意してくれないだろうか。
(今関あきよし監督、『顔さんの仕事』に関する公式動画インタビュー)
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